返信が来ない時間のこと
返事が来ないあいだ、こちらは何もできません。その何もできない時間が、いちばん削られます。
相手には家庭があるので、返せない時間があるのは分かっています。分かっていることと、待てることは別です。
送ったあと、すぐに画面を伏せる。
見ないでおこうと決めて、五分後に見る。
既読がついていない。
通知を切ろうかと考えて、切らない。
切ったら、来たときに気づけない。
そのうち、何を送ったかを読み返す。
重かっただろうかと考える。
考えたところで、送った文章は変えられない。
待っている時間は、こちらにしか流れていない
相手にとっては、返せなかった数時間です。こちらにとっては、その数時間ずっと相手のことを考えていた時間です。同じ長さのはずなのに、重さが違う。
この非対称は、どちらかが悪いから起きているのではありません。生活の形が違うと、こうなります。ただ、削られるのはいつも待つ側です。
理由を考えても、答えは出ない
返信が来ないとき、人は理由を探します。忙しいのか、家族といるのか、気持ちが冷めたのか。
いくつも思いつきますが、確かめる方法はありません。確かめられないものを考え続けると、いちばん悪い可能性のところで止まります。疲れているときは、特にそうなります。
これは考えが足りないからではなく、材料がないからです。材料がないまま考え続けても、答えは出ません。
待つあいだに、別の場所を持っておく
通知を切る、既読を確かめない。そういう対処法はよく書かれていますが、できるなら苦労していません。できないから、ここを読んでいるはずです。
確かめるのをやめるより、確かめる以外にすることを持っておくほうが、まだ現実的です。何でも構いません。その時間を全部相手に使わずに済めば、それでいい。
この文章は、特定の個人の体験ではありません。よくある状況をもとに書いています。